「第1回 レーザフラッシュ法による熱拡散率・熱伝導率の測定」のまえに…
プロローグ:熱拡散率とは
一滴のインクを水にたらすとインクは水中に広がってゆく。このような現象を拡散という。
また異種の二つの金属を接合させると、接合面からそれぞれの金属の原子が非常にゆっくりとではあるが、相手の金属内に広がってゆく。固相中の拡散である。ひとつの金属に着目すると、これは次の式で表わされる。
……(1)
ここで
m は着目した金属原子の濃度、
t は時間
x,
y,
z は空間の直交する座標である。
D は拡散係数と呼ばれ、面積速度の次元、m
2/sec、を持つ。
一方、物質中の熱が伝導によって伝播するとき、これは熱伝導方程式と呼ばれる次の式で表わされる。
…(2)
ここで
T は温度、
cp,
ρ,
λ はそれぞれ熱が伝播する物質の比熱容量、密度、熱伝導率である。(2) 式は (1) 式と全く同じ形をした、二階の偏微分方程式で、(1) 式の拡散係数
D には (2) 式の
λ /
cpρ が対応している。これは
D と同じく面積速度の次元 m
2/sec を持ち、熱拡散率
*)と呼ばれる。しばしば
α で表わされる。
…………………………(3)
熱拡散率は熱が伝わる速さ、熱伝導率はその速さで伝わる熱の量の多寡を表わす物性値である。
熱拡散率の測定法にはオングストローム法(周期加熱法)、レーザフラッシュ法、ステップ加熱法などがあるが、小社ではレーザフラッシュ法による測定を行なっている。これは通常直径10 mm、厚さ1〜3 mm程度の円板形の試料の片面をパルスレーザの照射で瞬間加熱し、裏面の温度上昇を測定することによって熱拡散率を求める方法である。
レーザビームの径方向の強度分布が一様であれば試料中の熱流は厚さ方向の一次元流になるので熱伝導方程式は次のようになる。
……………………(4)
温度
T は位置と時刻の関数なので
T (
x,
t )と表現すると、厚さ
L の試料について
…(5)
なる解を得る。
試料表面の加熱が極めて短時間でかつ表面の極く表層だけが加熱される条件でレーザ照射前の温度を基準にして試料裏面の温度上昇
T (
L,
t ) の最高到達温度
T (
L )maxに対する比率を求めると
…(6)
を得る。
いま裏面温度が最高到達温度の半分になる時間を
t 1/2 とすると、このとき(6) 式の左辺は1/2になるので、
…(7)
となり、
………………(8)
を得る。
t 1/2 はハーフタイムと呼ばれ、これを測定することにより、試料の熱拡散率を求めることができる。
T (
L,
t ) や
T (
L )max が具体的に何度(℃)かを知る必要がなく、最高到達温度の半分に達する
時間を測定するという非常に簡易な方法であるためレーザフラシュ法は広く普及した。また小さな試料で測定できるので極めて広い温度領域での測定が可能になった。
*)温度伝導率とも呼ばれる
文献
1) H. S. Carslaw and J. C. Jaeger: “Conduction of Heat in Solids”, Oxford University Press, (1946) .
2) W. J. Parker, R. J. Jenkins, C. P. Buther and G. L. Abbott: J. Appl. Phys.,
32 [9], (1961) 1679.
3) Y. S. Touloukian, R. W. Powell, C. Y. Ho and P. G. Klemens: The TPRC Data Series, Vol. 10, Purdue University, IFI/Plenum (1970) 22a.